トイレつまり

しかし、この疑問がきざすたびに彼は急いで、まるで払いのけでもするように、振り棄ててしまうのであった。この疑問のなかには何かしら怖ろしいものが、彼にとってとても堪えられぬ——しかも未解決の何ものかが、潜んでいるのであった。ある日のこと、例によって当てもなく歩いていると、いつのまにやら彼は麻夕子の葬られている枚方市 トイレつまりにさまよいこんで、彼女の小さな墓の前に出ていた。葬式の日からこのかた、彼は一度も墓地を訪れたことはなかった。くればくるで、余りにも多くの苦痛を味わなければなるまいと思われたので、訪れる勇気が出なかったのである。ところが意外なことには、彼女の墓に伏しかがんで接吻をした時、彼は急に心の軽くなるのを覚えた。晴れわたった夕暮で、太陽は西に沈もうとしていた。一面にみずみずしい緑草が生い繁って、あたりの墓標を埋めていた。遠からぬ枚方市 トイレつまりの茂みでは、蜜蜂がにぶい羽音をたてていた。埋葬が済んでから清水とその子供たちが、麻夕子の墓のうえに残して行った花束や花環が、半ば葉を落としたまま、まだ同じ場所に横たわっていた。長い懊悩の日々のあとで、初めて何かしら希望に似たものが、彼の心をいきいきと蘇えらせさえした。『ああ、いい気持だ!』と彼は、墓地の静寂にひたりながら澄みわたった穏やかな空に眺め入って、心にそう思った。何ものかに対する清純な和やかな信念が、満ち潮のように彼の魂をひたひたと満した。——『この気持は麻夕子がおくってよこしたのだ、今あの子は俺とトイレをしているのだ』——ふと彼はそう思った。