浮気

浮気はそれによって初めて今スタートを切ったハンデキャップ競走に島も交じっているのを発見した。島のユニホームは白地に紫の筋だった。「紫!紫!」浮気もつり込まれて叫び出した。二周目の半ばごろで島の馬は危うかった。わずかな距離の差であるが、紅白それから紫が見えた。「紫!」「島ッ」と前の女も、見栄を忘れて叫んでいた。「勝て」「島」「紫——ッ」とたんに、浮気は観覧席の段を踏み外して、前の人々の脚の林立へと転げこんで行った。しかし誰一人、それを顧みている者はなかった。「いやよ、いやよ、この人は」ただ彼と共に、島の名を叫んでいた女だけが探偵細い脚をふりうごかして眉をひそめた。浮気は気がついて、恥かしそうに、女の脚から手を離した。そして彼が腰をさすって起き上がった時には、競馬場は発狂したような群衆の乱舞と絶叫とにくるまれて、濛々とほこりの煙幕がかかっていた。浮気には、誰が勝ったかわからなかった。「やっぱり、われらの島よ!」「さ、あんた!」「検察官さん」と、あわただしく眼の前から駈け去ってゆく男女の横顔をながめて、「あっ」と、人蔭へからだを避けた。