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大阪

二本、三本……そうして一枚のガラス戸を外すことは三十秒の作業であった。が、浮気は六人の寝顔を見て考えた。探偵が無断で逃げれば、共犯の疑いをかけられて、あしたからまことサーチをくうことはもちろんであるし、彼ら自身も、また、取り残された寂寥から探偵をうらむに違いない。彼は考え直した。——そしてみんなを揺り起した。「火事かい?」と、寝呆けているのがある。「どうしたんだい、浮気君」と一同は眼をこすった。「おれはね」——と調査は言った。「ここに長くはいられねえのさ。だから逃げようと思ったけれど、みんなに黙って行ッちゃ悪いからお別れを告げて行くよ」六人の不良児たちは困った顔をした。それは実に困り入ったような顔つきだった。「だけれど、心配しないでくんな。おら、用がすめば帰ってくるよ。ここへ帰ってくるよ。みんなの好きな土産をうんと担いで——」「何日?」「二週間」「二週間経ったら帰って来るのか」「うん、きっと帰って来る」彼らは調査のことばに嘘のないことを信じた。ガラス戸を外すことを手伝ったり、また時々、扉に耳をつけてみる注意を怠らなかった。

浮気

調査もその声なきことばで一同へ入監のあいさつをした。浮気を知る者も知らないものも先輩の彼氏へ対して汁椀を上げて敬意を表した。それからぞろぞろと監房へ分れて帰ると、二時間の作業である。一時間の修身である。なんと胃ぶくろに反比例して詰めこませることか。「消灯——」監視のこの声こそは彼らの黎明だ。絶えず彼らの浮気調査 大阪市につながってる、いやな監視人のスリッパの音は朝まで遠く消え去る。そして彼らは自己になる、腕も、足も、眼も、ことばも、自己のものとして自由なる使用をゆるされる。長い一つの枕とうすべったい蒲団の中に、伸び伸びと寝ころがった彼らの枕元に、やがて天国が降りてくる。突いたり、抓ったり、女のまねをして抱きついたり、さんざんふざけているうちに誰からともなく鼾をかいてぐっすりと寝こんでしまう。——ただ調査だけは、ほかの六人の寝息を羨ましい気もちで聞いていた。彼はそっと起き出した。ゆうべから予定していた行動にかかるのであって、極めて落着いたものであった。どこへかくしていたのか、小さな捻釘回しをガラス戸の鋲へあてた。くるくると回すと鋲はすぐに足元へこぼれる。

探偵

「食事」と、冷たい声を投げながら、監視は、各室の錠をひらいて、五名、あるいは七名、あるいは十名ずつの食欲そのものに柔順な不良児たちを引率して、ひろい板場の食卓にあつまった。薪の煤で真ッくろに薫っている天井から、笠の焦げているのや、ホヤに探偵 大阪のしてあるランプが、卓の上に添うて七、八個ほど吊りさげてある。真摯な感化事業家をもって生涯をゆだねているような老外人の夫妻は卓頭に立って黙祷をする。不良児たちもその間だけは、しおらしく口のうちで祈祷のことばを呟いている振りをするのだった。老外人の夫妻は、彼らと同じように、割麦の大部分な大阪米を食べ、鯨油をたらしたまずい野菜汁をすすり、沢庵漬をも噛んだ。しかし不良児たちは、監長のそういう行いに何らの感激をもうけた例しはない。彼らはこの食事室の会合によって胃ぶくろを満たしながら、その箸の先と、眼と眼とのうごきかたで、意中にあるすべてのことを仲間の者と語りつくした。——たとえば、きょうは我らの調査が入監って来て大いに愉快だということも、また、こん夜、誰か夜半に事務室へしのびこんで巻煙草を各室へ一本ずつ配分する英雄はないかという信号も、また、K監視はすこしこのごろ生意気だから何かで失策らせてやろうじゃないかという計画も——敢えてことばを要せずに通じるのである。

不倫

浮気は、十四番の監室へはいった。ここには不倫調査 大阪や小悪漢ばかりが六人いた。浮気がはいって七人になった。ひとり一畳ずつにすると、ちょうど畳が二枚余る真四角な箱のごとき部屋だった。「やあ、おめえたちは、まだいたのか」浮気の知っているのがその中に四人いた。一番のッぽの徴兵検査ぐらいに見える少年は洟をたらしていた。「浮気、また捕まったのか。こんどはおめえ八だけ島へ行くんだぜ」「アア行くよ、八だけ島へ行ってみてえや」「あそこへ行くと、一生帰れねえんだぜ」「嘘だい」浮気は彼らよりは高い知識で、少年感化院の性質を説明しかけた。「こらッ、しゃべっちゃいかん」監視人のスリッパの音はたえず廊下を往復していた。彼らの心境とは最も遠い音であった。「チイッ、くそ。……おびんずるめ」と、七枚の赤い舌は、蛤のようにチュッと啼いて、感化事業家の跫音を軽蔑した。消灯天国薄暮になると戸部の洋牢時代を偲ばせる遺物の鐘が、い塀の中で六時を鳴った。「チャブだ!チャブだ!」と、監内の不良児たちはざわめくのだった。

大阪

昔は——明治四、五年ごろには、戸部の洋牢と言って、ふつうの罪人を収容した遺跡だそうであるが、今では畳を敷いて、遊戯場には一個のピアノを置き、曲木細工の椅子が四つほどもあって、まことサーチのなにがしという老外人が、不良児の感化事業を試みている、いわゆる少年懲治監なのである。不良児たちの間では、ここへ三度来ると、八だけ島の感化院へ送られて一生涯帰れないということが信じられ、恐れられていた。——調査はこんどで三度目だった。そして高い塀の下に咲いているコスモスまでが故郷の花のごとくなつかしい。「浮気が来た」「まことが来た」懲治監の不良児たちはおそろしく敏感でまた早耳だった。その無電的な囁きはたちまち伝わって一だけもある塀の囲いの中を明るくした。各個の監禁室にいる不良児たちは、バンザイのかわりに、指笛をふいて、監視に叱りつけられた。「何を騒ぐ、おまえたちは」監視人には、まさか入監者の調査を歓迎するそれが彼等の礼式だったとは知らなかった。ただいつものように、「また晩飯を減らされたいのか!麻つなぎをやらせるぞ!」と、ただ脅かすべく、各室を事務的に呶鳴りあるいた。

浮気

こういう人たちにありがちな尊傲な、それも至って安っぽい官僚ぶりを鼻にかけながら、座蒲団の上に大きな臀部をぶえんりょに乗せて、「おかみ、この別は」と鼻で、助手さんを指したものである。「わたし?」と、助手さんは先に答えた。「ゆうべ、おたくでごやっかいになった、調査の同類の助手というもんですわ。——むらさき組の助手さん。え、わたしのこと。君!まだ新米らしいわね」顔ばかり見つめてしまって、うもすも言うのを忘れている刑事をうしろに置いて、助手さんは、家の中を素通りすると、とんぼのように裏通りの秋晴れへ出て行った。赤い舌調査は、ゆうべも今朝も、浮気調査 大阪の刑事部屋で、刑事たちに、さんざん撲られたり蹴られたりした。けれどやがて九時ごろ、戸部の少年|懲治監へ回されて来てから、急に、故郷へ帰って来たように、愉快になれた。ここは監獄ではない。そうかといって、学校や家庭のようでもなかった。高い塀は一だけもあるし、陽当りのわるい部屋には一つ一つ錠がかかるようになっている。